え〜、本日はワークショップにようこそのお運びで、ありがとうぞんじます。一席おうかがい申上げます。
熊五郎「やあご隠居、ご精が出ますね、今日も落ち葉掃きで焚き火ですか、長屋もきれいになった」
隠居老人「おや、熊さん、おかえりなさい。どこ行ってたんだい」
熊「ちょいと遺産問題でね、あれこれと話し合いがありましてね」
隠「えっ、おまえ、なにかい、親の遺産でも転がりこんだのかい」
熊「えへへ、いえなにね、世界遺産登録のことですよ、鎌倉のネ」
隠「なんだそうかい、そりゃまた結構な遺産問題だけど、それがいったいどうしたんだい」
文化に上下があるか
熊「市民が大勢集まったワークショップに行ってきたんですよ、鎌倉が世界遺産になったらどうしようかってね。でもね、そのまえに、そもそも世界遺産になんてなれるのかいって、そんな話にもなりましてね」
隠「鎌倉といわず日本の世界遺産登録は、なかなか難しいようだね、こっちがいくら勇ん(遺産)でもネ」
熊「エヘッ、なんでもね、ユネスコってところが胴元らしいんですが、そこがあれこれいちゃもんつけて世界遺産仲間に入れてくんないんですってね」
隠「ほう、世界遺産マフィアたちかい。いちゃもんてこともないだろうが、あっちの考える世界文化遺産と、こっちの市民が考える歴史都市鎌倉とは、どこかすれ違っているみたいだねえ」
熊「そうなんですよ、登録したいって言えばどんどん登録すりゃよさそうなものを、シブチンだなあ。この広い世界なら、5千や1万も文化遺産があって当たり前でしょ」
隠「う〜む、今の世界遺産登録のうちの文化遺産の数は700件ぐらいかな、なんだか少ないなあ。だって文化ってのはその地域ごとにそれぞれ固有のものがあるんだな、それをあっちは登録に値するけどこっちは値しないなんて、地域文化に上下の差別つけちゃあいけないよ」
熊「そうそう、そもそも市指定文化財より県指定が上で、それより上が国指定で、もっと上等なのが世界文化遺産だなんて、誰が考えたんでしょうね。こうなりゃもうひとつ上の宇宙文化遺産ってのをつくって、その第1号登録はガガーリンのスプートニク、2号は月にある人間の足跡ってどうです」
隠「おお熊さんよ、調子が出てるねえ、わたしも負けていられないよ、あのね、ユネスコが鎌倉を世界遺産にするのはいやだって言うのなら、地球遺産登録協議会なんてのをね、わたしたちで勝手につくるんだよ、そこで鎌倉を地球文化遺産第1号登録するってのはどうだい」
熊「おっ、ご隠居もやりますね、ボクシングのWBCとWBAか、野球のセリーグとパリーグだね、いいねえ。ならば、このご隠居のところの古ぼけたボロ長屋、こいつもその地球遺産になるね」
隠「ボロはよけいだよ」
“私たちの”世界遺産
熊「すいません。でね、今回のワークショップの題名が『どう守る、私たちの世界遺産』なんですから、これはもう『“私たちの決めた”世界遺産』として、なにもユネスコにいわれなくったって、鎌倉市民は鎌倉のことを世界的な遺産として誇りを持ってるんだって、そう考えればいいと思うんですよ」
隠「熊さん、いいこと言うねえ。そもそも文化なんてのを国際的に格付けしようとすると、政治的なこともあって難しくなるのは当たり前だねえ。もともとは西欧的な石の文化のように変らなくって目に見える文化遺産から始まってるんだから、日本の木の文化みたいに変化を当たり前とした遺産にはなじみにくいよなあ、」
熊「石は石頭っていうくらいに頑固に変らないもんだけど、木は腐っちゃいますからね」
隠「法隆寺を登録するとき結構もめたらしいよ。あそこはいっぱい材木を取り替えてるからね。でもまあ、なんとか日本風土の文化として認めるかってことになったんだね」
熊「じゃあ、石頭ユネスコもちょっとはやわらかになったんですかね」
手続きと手段
熊「今日の話でね、ユネスコに鎌倉を世界遺産になにがなんでも認めさせる作戦はどうすりゃいいんだいって話が、ひとつの柱としてあるんですよ」
隠「それは世界遺産手続き論だね」
熊「もうひとつの柱になる話は、鎌倉を世界遺産にするならね、まちづくりを歴史都市らしくちゃんとしなくちゃいけないよ、それにはどうすりゃいいんだよってことなんですよ」
隠「そりゃ世界遺産手段論だな、まちづくりの手段として世界遺産を活かそうってことだね」
熊「そう、その手続き論と手段論が、連動しているようで微妙にずれてるんですよ」
隠「そうだねえ、手続きならユネスコの言うように、できることをみんなやるしかないよな。だけど市民にとっちゃあ、そんな手続きは最短距離になるように役所にがんばらせといて、こっちは住み良いまちづくりのため、世界遺産にする過程や結果をうまく利用しようってえのは、こりゃなかなかすごい作戦だな」
熊「その手続きでね、鎌倉を世界遺産にするのは中世武家の都だからってんですがね、アチラのユネスコ連中にとっては多分、武家ってのはサムライ・チャンバラ・ハラキリだから、どこが文化なんだって言いそうで、ほんとに分かるのかしらってんですよ」
隠「そうだね、時代劇に出てくる侍じゃないんだけどねえ。西欧での中世の武士団と日本中世の武家の違いをどう説明するかねえ」
世界遺産の真正性とは
熊「それならば、鎌倉時代の建物を永福寺跡にも北条氏常盤亭跡にも昔の建物を復元したら、これは文化だってあちらサンにも目に見えて分かるかもしれないって意見もあるんですよ」
隠「う〜む、それはどうかねえ、世界遺産の基準に真正性ってのがあるよな、これって本物ってことだよ。地上に何も無いからって建物復元しても、それは本物じゃないよ、作り物だよ、いいのかい」
熊「えっ、だって奈良の平城宮の朱雀門だって木造で復元してますよ、あれっていけませんか、わかりやすいでしょ」
隠「あたしゃ行ったことなくて知らないけど、あれは観光施設だろ、だって奈良時代のほんとの朱雀門なんて誰も知らないんだよ。北条邸だって永福寺だって建物の遺物は無いしもちろん設計図は無いよ、なにがあるんだい」
熊「石ころ、穴ぼこ、溝掘り、盛り土なんかの跡が草の下の土の中にありますけど、」
隠「そうだろ、だからそこから先はその頃のほかの建物とか絵なんか見て想像たくましくつくるしかないんだよ。朱雀門もそうやった作り物だよ。いけなかないけど、ユネスコ流の本物ってことになるのかねえ。平城宮跡だって、ありゃ埋蔵文化財としての世界遺産登録だよ」
積み重なる歴史都市
熊「それからね、歴史都市鎌倉って言うけど、ここは砂漠の遺跡じゃなくてず〜っと人が暮らしてるんだから、昨日だって歴史だし千年前だって歴史なんですよ。鎌倉時代だけ採り上げるってのもおかしいよって言う人もいるんですね」
隠「もっともだねえ、歴史は積み重なっているものだからねえ。それが福澤さんの言うところのレイヤーだよ。こりゃ前途多難な世界遺産登録だよ」
熊「もういつになるか分からないけど、こうなりゃこのままズ〜ッと百年も登録運動しつづけるってのも、鎌倉まちづくりの前向きの動機になって、なかなかいいかもしれないって、あたしゃ思うんですよ」
隠「その間にユネスコさんから、登録したけりゃああせいこうせいと、いろいろと言ってくるんだろうね」
熊「やれやれ、ありがたいような、お節介さん(世界遺産)のような」
―お開きでございます、お足元に気をつけてお帰りくださいまし、またのお越しをお待ちいたします−